「海宝寺」

2010年6月5日 撮影
Kaihoji Temple, Kyoto - June 5, 2010
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海宝寺(かいほうじ)、黄檗宗、本尊は聖観音菩薩。桃山時代、この地は伏見城下、伊達政宗の上屋敷があったところ。多くの家臣が住み伊達町と呼ばれた。享保年間(1716-1736)、萬福寺十三世、竺庵浄印が萬福寺の別院として伊達政宗の屋敷跡に創建。「大丸デパート」の創業者・下村正啓が竺庵浄印に帰依し海宝寺に浄財を投じた。以降、海宝寺と大丸の関係は現在まで続いている。海宝寺の檀家は大丸のみ。
 ・京都市伏見区桃山町正宗20
 ・075-611-1672
 ・アクセス 京阪、近鉄「丹波橋駅」下車、徒歩10分
 ・境内自由
 ・駐車場 あり

サツキが眩しい梅雨入り前の快晴、伏見の名刹、海宝寺を訪問しました。

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「本堂」は1755年に、伏見の呉服商・大文字屋の下村彦右衛門正啓(のち大丸を創業)が寄進したものです。

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伊藤若冲は晩年、この部屋で襖絵「群鶏図」を描きました。以降、筆を取らなかったため「若沖筆投げの間」と呼ばれています。なお本物の絵は京都国立博物館にて所蔵中。。この部屋で普茶料理をいただくことが出来るのですが(要予約)、「子供たちが走り回って襖絵に傷を付けたら大変。ですから京都国立博物館に預けました。」と奥様がおっしゃっていました。

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「筆投げの間」手前の部屋です。萬福寺の竺庵浄印師はこの椅子に座ったのでしょう。

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豊臣秀吉が伏見城で使っていたという手水鉢です。

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庭にあった巨大なヤマモモ。こんなに大きなヤマモモは見たことがありません。庭に降りて写真を撮らせていただければ良かった。

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モッコクの大木です。樹齢はおよそ400年。

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足利義満愛用の「魚坂」です。

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